燕物産工場物語──斎藤政明


 

よく喋り、笑顔が斎藤さんのトレードマーク。今日も1本1本手作業でロールを掛けていましたが、そのスピードが77歳とは思えないくらいのスピードで仕事をこなします。

 

 

製造部一課 ロール担当

 

斎藤 政明

 

(サイトウ マサアキ)昭和16年1月18日生まれ。

昭和56年燕物産株式会社入社、60歳で一度退職しその後、再雇用で勤続年数37年。

 

 

 

 

Q : この仕事を始めたきっかけは?

 

昭和56年までは、別の金属洋食器製造会社に勤務していました。突然の閉鎖により当時の燕物産営業部長に声を掛けられ入社しました。

 

 

Q : この仕事を続けてきた理由?

 

家族を幸せにすることが目標でした。

 



 

 

Q : 先輩から厳しく教えられたことは?

 

燕物産は40歳の時に入社しております。「活気、熱気、本気、元気、運気、お前でよかった製造部は」と言われる人になれと前職の部長から言われていました。その教えが未だに心に残っています。 

 

 

Q : 燕物産という会社はあなたにとってどんな会社ですか?

 

平成20年から今の社長になって劇的に変わりました。社員一人ひとり年2回面談し、社員一人ひとりのことを把握し社員の痛みがわかる社長です。

 

目配り気配りができていて、もう70歳も超えているので自分の誕生日すら忘れているのに、誕生日ケーキを家族の方と食べてくださいと毎年渡してくれます。

社長のことを悪く言う社員はいませんね。

 


Q : 楽しい思い出は?

 

50周年記念で北海道社員旅行に行ったことです。

食べなから、飲みながらいろんなことを話しました。

 

 

Q : たいへんだった思い出は?

 

トングを販売することになり開発をまかされたことです。一番困ったのが、どのように使うのですか? と聞くと「料理の取り分けに使うので、男女が使います。」ということでした。トングのバネが強すぎれば女性は使いにくいし、柔らかいと男性が使いにくい。大小いろんなタイプのトングがあるので開発に2年かかりました。

 

金属ロールの厚みを調節してバネの強さを決めていますので、後継者に伝えるのがとてもむずかしい作業です。私は、2020年まで勤務する予定なので、それまでに伝える予定です。

現在販売されている燕物産のトングはすべて斎藤さんが開発・製造されました。

 

 

Q : これから続く後輩に伝えたいことは?

 

目の前の目標に全力で一歩踏み出してほしいですね。

 

失敗してもいいと思います。

 

自分からチャレンジすることが大切です。